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借金1 

皆様こんばんは。

今日もお昼にとろろそばを喰いました。
ここ10日で、とろろそばを食していないのが1日くらいです。( ̄∇ ̄;


さて、先日にも書いた、小生の借金生活を振り返るコーナーを、何度かに分けて書いていきたいと思います。
読みたいというコメントやメールをくださった方、ありがとうございました。

ただこのブログは借金返済がメインのものではありませんので、具体的に何社、それぞれ及び総額いくら、というのは避けます。
その辺をご理解のうえ、読みたい方は続きをどうぞ。





1990年代、まだ学生だった頃の話です。

大学を卒業しても、まだそのモラトリアムを延長すべく大学院へ進学したのですが、同時に教授のススメでとある職場にカタチだけ入社しました。
大学院生活を役立てるコトができる特殊な職場で、出勤は土日含め4日、残り3日は大学院へ、という生活を送っていました。

文系の大学院がすべてそうだとは言えませんが、小生の学科は必ずしも出校するワケでもなく、最低限のゼミとあとは論文作成に時間を充てるコトができたのです。
そのため休みを取ろうと思えばいつでも取れるので、日々の生活に不満もありませんでした。

週4勤務ですので、一般の社会人より稼げませんから、自由になるお金も当然ほとんどありません。
何度かキャッシングの世話になった記憶があります。
返済を滞らせるような事態はありませんでしたけれども。


そんな生活のまま数年を経ます。
古くからの友人が職人として独立するという話が持ち上がり、保証人になってほしいという要望を受けました。
小生の職業は、社会的身分として比較的信用度の高いものらしいのです。
正直に申し上げれば迷いました。

コイツに何かあったとき、すべてを請け負うコトができるのか。
何より実態はまだ学生で、そんなに稼いでいるワケでもないのに保証人としてOKなのか。
ただコイツは信用できるヤツで、何よりも保証人が立てられずに困っているのを助けてやるべきではないのか。

さんざん迷った結果、保証人のハンコを押しました。
我々がまだまだ若いコトもあり、共同保証という形で、三人で保証人になったのです。


2年後、小生は論文作成に行き詰まりを感じ、そろそろ本気で働こうかと思いはじめていました。
ずっといっしょに暮らしていたカノジョとも籍を入れ、晴れて夫婦になったコトも要因でした。
そんなとき、友人がベランダから転落し、大ケガを負います。
当然仕事に大きな穴を開けるコトになり、ヤツにとっては借金発生の瞬間です。

そしてコイツは病院を退院後、行方不明に。
ここが小生にとって、借金が発生した瞬間になります。

運の悪いコトに、そこまで友人の仕事が順調だったコトもあり、小生は保証の義務を忘れていたワケではないのですが、少し気が大きくなっておりました。
友人がケガをする直前に、200万円程度の大きな買い物をしてしまっていたのです。

いいキッカケだとばかりに大学院を去り、お世話になっている職場で週6勤務の体制が整いました。
職場はいい職場でした。
事情を話したところ、その時点での退職金に当たる金額(いちおう数年勤務というコトになるので)を貸してくれ、返済に充てなさい、との温かいお言葉。
もちろん月給から天引きです。
結果、給料は以前より減るコトになりますが、それでもヨメと二人の生活をやっていくのは可能でした。


しかしここには大きな落とし穴があったのです。
というより、小生が見落としていただけのコトで、単純なミスだったのですが。

まず小生には、200万の買い物分の借金があるというコト。
そしてもっと大事なのは、奨学金でした。

中学、高校、大学、大学院と奨学金を利用していたので、その総額だけで500万円を超えていました。
しかも、大学院を自主的に去ったので、大学院分は即刻全額返納を迫られたのです。
もちろん各奨学金には事情を話し、猶予をお願いしたのですが、その返事にも時間がかかるものです。
返事を待つ間にもそれぞれの返済日がやってきます。

まずヨメが、ヨメ父に無心してくれたのですが、ヨメ父と小生はどうしようもないほどに折り合いが悪かったため、0.2秒で拒否。
(結婚前ですが、ヨメ父とのバトルでケーサツのお世話になったコトもあります)
ちなみにヨメ父は医者です、しかも開業医。

アテにはしてませんでしたが、やはり悔しくはありました。
しかし自分でまいた種ですので、自身のチカラで何とかしてやろうと強く思いなおしました。

その結果、小生は大きく選択を間違えるコトになるのです。

そうです。
ここで債務整理の相談をすればよかったものを。

借りられるだけ借りて、それを返済に充てようとしてしまったのです。
4~5社から借りるコトができ、すべての返済をとりあえずはこなし、ホッとするコトができました。
次の返済の日程のコトまで考えていなかったのです。


これが小生の多重債務生活のはじまりでした。

以下、いつか続きます。

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