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怪物 

皆様こんばんは。


オグリキャップが亡くなりました。
80年代後半から90年代初頭にかけての競馬ブームを牽引した立役者です。

いろんな意味で、判官贔屓な日本人に愛される資質を持っていたオグリ。
競馬の大きいレースでは、コールが上がるときがありますが、そのほとんどはジョッキーのコール。
しかしオグリキャップは「オグリ」コールを巻き起こさせました。

どんなに走ってもヘコたれず、勝つときは鮮やかに、負けるときさえ絵になったウマ。
競争生活晩年は「終わった」とまで言われていたのに、ラストランで勝ってみせる…。
紛うコトなく、スーパースターでした。


伝説ともなっているそのラストランは、1990年12月23日。
中山競馬場で行われた有馬記念でした。

有馬記念はファン投票制度がありまして、オグリキャップは堂々の1位選出。
しかし馬券は4番人気。
見放していたファンも多かったというコトです。

小生は中山におりました。


オグリキャップが先頭でゴールを駆け抜けたとき、スタンドは奇妙な空気で一致を見せました。
オグリより馬券が売れていたウマがいるというのに、オグリの1着を歓喜する空気になったのです。

馬券を取れなければ悔しがるのが当たり前です。
競馬はギャンブルという面を持つのですから。
ところがあの一瞬、全員がオグリを応援していたのではないか、と錯覚してしまうくらいの歓声だったのです。

小生はといえば、隣にいた見知らぬお姉さんと抱き合っていました。
お姉さん、ホワイトストーンの単勝馬券を持ちながら泣いていましたよ。
お姉さんは今ごろ、どこで何をしているのでしょうか。
同じように、小生のコトを思い出してくれているとうれしいのですけれど。(笑)


競馬はブラッドスポーツと呼ばれるくらい、血がものをいう側面もありますが、オグリキャップは決してエリートの血をもっていたワケではありません。
デビューは地方。
中央競馬に転籍してからも、登録が間に合わずオモテ街道を歩けず。
ウラをひた走り、やっと表舞台に登場してからもライバルに負ける。
そしてライバルの引退レースで、やっと勝ってスターダムに。

本当に日本人好みのストーリー性を持っていました。
おそらくあの人気は、日本人の美徳や美的感覚がオグリに見いだしたからなのでしょう。

日本人はオグリキャップに日本人を、ひいては自分自身の姿を投影していたのだと考えてしまいます。
あんなスターホース、おそらく二度と出てこないでしょう。


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コメント

どうも、ご訪問ありがとうございました
オグリってすごかったんですね
しかも長生きしたし
  • 2010/07/04 (日) 10:13 ★
  • URL
  • 椎名ひろき
  • [ 編集 ]

うん!

こんばんはe-320

競馬に興味のない私でも…
オグリキャップの名前は知ってますし…
美しい姿だと記憶していますe-454
  • 2010/07/04 (日) 19:38 ★
  • URL ★
  • 瑠璃垣さくら
  • [ 編集 ]

オグリキャップとタマモクロス

タマモクロスは、オグリキャップにとっての最初のライバルでした。
同じ芦毛でひとつ上のタマモクロスも、戦績が素晴らしくて天皇賞秋~ジャパンC~有馬記念の闘いは、今でも色あせません。

でも、同じ毛色なのに特徴が違いまして・・・
タマモクロス→犬みたいな走法
オグリキャップ→重心が低い怪獣
だったのを、鮮明に覚えてます(^^;)

東京競馬場に凱旋した時に、見ておけば良かったなと後悔しています。
  • 2010/07/04 (日) 21:22 ★
  • URL ★
  • フーテンのぬこ
  • [ 編集 ]

★椎名ひろきさん
こんばんは。
そうですね、当時の実績からすれば規格外なウマだったといえます。
25歳といえば、人間なら100歳近いですからねえ。


★瑠璃垣さん
こんばんは。
競馬を知らない方でもオグリキャップの名前を知っている。
そこがオグリの功績なんですよね。
そんなウマ、オグリとハイセイコー(40年近く前のハナシ)くらいのものです。( ̄∇ ̄;


★ぬこさん
こんばんは。
そうですね、タマモクロスとはタイプが異なっていましたよね。
オグリはなんていうか、根性で走るようなカンジでした。
そこがまた好かれた所以だとも思いますけれども。

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